11月16日(金曜日) 自分の故郷を訪ねる
(写真をクリックすると拡大します)

 10月19日のホームページで、都政・都議会専門紙「都政研究」の連載コーナーである「わが青春の軌跡」に私の記事が載ったことを紹介しました。
 そして、その冒頭には私が小学校卒業まで過ごした“風景”を書きました。子供の行動範囲は狭いもので、場所は横浜市金沢区の一部でした。
 さて先日、横須賀市に所用があり、少し時間があったので、前述の“故郷”を訪ねてみることにしました。今日は写真でそのことを紹介します。順番は左から右、上から下です。
●横須賀市側から見る六浦町(現・六浦東)で、昭和39年のオリンピックではこの国道16号線を聖火ランナーが走りました。
●多分、私はここで生まれています。当時は追浜共済病院で、現在は横浜南共済病院の名称に変わっています
●母校の横浜市立瀬ヶ崎小学校。私のころは木造で、窓もサッシではありませんでしたし、トイレは汲み取り式でした。
●夕照橋から見た船宿。この辺りには数多くあり、東京の釣り人も大勢訪れています。
●野島海岸。東京湾で唯一の自然海岸の砂浜。夏は毎日のように潮干狩りをしていました。今でも天然アサリが採れます。
●野島の山頂から見た日産自動車のテストコース。左上は住友重機械工業の工場です。
●同じく野島の山頂です。向こうに見えるのは八景島パラダイスですが、当時はもちろんありませんでした。
●関東学院大学の正門です。小学生のころ、テニスウエアの大学生が輝いて見えました。

 40数年前に比べてあまり変わっていない、横浜の故郷が大好きです。