写真は以前、東京マラソンのゴール(フィニッシュ)地点である東京ビックサイトの控え室で撮ったものです。
 石原慎太郎知事の在職期間の中での“功罪”ということについては、これからマスコミなどでも特集が組まれるのでしょうが、私自身、一番の優れた業績はディーゼル車の排ガス規制と並んで、東京マラソンが実現され、継続されていることと確信しています。
 さて、24日の午後11時過ぎに会派(都議会民主党)の運営責任者から電話がありました。私はその電話に出れず、25日の早朝に留守電を聞きました。
 その内容は、「明日(25日)、知事が午後3時か4時から記者会見を開き、新党の結成と辞任を発表する可能性があると情報が寄せられている。その場合、会派役員には至急集まってもらう」とのことでした。
 それで、昨日の朝の駅頭活動は阿佐ヶ谷駅北口でしたが、それが終わって自宅に戻ったころから、複数の都庁関係者と新聞記者より、「今日の午後3時から記者会見がある」とのメールが届きはじめました。
 そして、今度は私から知事と懇意にされている方のお一人に電話をしてお聞きすると、「会見の具体的な内容は分からないが、私のところにも昨晩から問い合わせが多数ある」と答えてくれました。また、新党と辞任の可能性を申し上げると、否定はされませんでした。
 それからのことは、新聞やテレビで報道されている通りです。私は記者会見を途中まで見て、連合東京の地方委員会(大会に準ずる機関)に出席するため日暮里に向かいましたが、その間も記者会見のポイントをメールで送ってもらい、連合東京の幹部に伝えています。
 会場での挨拶を終えて都議会に戻ると、会派でも断続的に会議が続いていたのですが、議長室から降りてきていた中村明彦議長とお話をすることができました。
 彼は、「石原さんは記者会見の後すぐに議長室にお見えになり、僕に辞表を提出された」と言って、そこに書いてあった文章を教えてくれました。もちろん、一般的な辞表な内容でした。
 また、「石原さんとは1期目(の任期)後半2年目からのお付き合いだが、一番の気迫を感じた。しかも、生き生きとしていた。しっかりと目的を持った人間はやはり違うと思った。そして、久しぶりに気力が戻った」と言われました。
 その後は会派の同僚議員と“雑談”になり、知事候補者として、前神奈川県知事の松沢成文さんや前杉並区長の山田宏さん(民主党が擁立するということではありません)、蓮舫参議院議員などの名前が出ましたが、石原さんが推しているといわれる現副知事の猪瀬直樹さんは、少なくても私が感じている会派内の雰囲気としては、良好なものではありませんでした。繰り返しますが、私の個人的な印象です。
 また、松沢さんと山田さんについては、それぞれ、大阪と東京の衆議院東京ブロック単独比例に立候補するとの情報もありますが、いずれにしても、私たち都議会民主党は都連とも十分な協議を行い、1,300万人都市、首都東京のリーダーを主体的に決めていかなければなりません。

10月26日(金曜日)

石原都知事の辞任

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