少し前のことになりますが、今月10日に都庁内の大会議場で、第22回東京都平和の日記念式典が開催されました。
 私は毎年参加していますが、今回は次の会合まで時間がありましたので、式典後の「追悼と平和の祈り」〜東京都交響楽団メンバーによるアンサンブル〜を最後まで楽しませていただきました。
 戦争犠牲者のための追悼が4曲演奏されたのち、4人の子どもたちが登場し、モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク、海外の大ヒットを続けている「夜明けのスキャット」、NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」のメインテーマがジョイントされました。
 そして開会前には参加者全員で、「浜辺の歌」、「ふるさと」、「花の街」を歌いました。もちろん、私もごいっしょして、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
 さて、当日配られたパンフレットには“東京空襲日誌”というのがあって、年月日、被災地(区・市・町・村名)、被害家屋、死者が載っていました。
 いわゆる“東京大空襲”とは3月10日で、この日に記念式典が行われている訳ですが、67年前には83,793人が亡くなられています。被害家屋数は約27万、被災地も下町を中心に広範囲に及んでいます。
 しかし、私があらためて驚いたのは、この日以外に500名以上が犠牲になられた日が7日あり、しかも、昭和20(1945)年4月13日から14日には2,459人、同25日には3,242人の方が命を落とされています。両日とも杉並区の被害も甚大だったようです。
 石原知事も記念式典で指摘していましたが、これらの都民の皆さんは一般的な死者ではなく、周到に計画された“殺戮”での犠牲者であったでしょう。
 アメリカという国とは多少嫌なことがあってもお付き合いをしていかなければなりませんが、私たち都民にとって東京大空襲は永遠に風化させてはならない大きな惨事です。
(写真左:悲惨な体験を述べられた東京空襲被災者代表 左端は中村明彦議長と石原慎太郎知事)

3月21日(水曜日) 平和の日と東京大空襲
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