山田宏杉並区長が、5月31日に辞職することになりました。この夏にに予定されている参議院議員選挙に、日本創新党党首として立候補するための決断と聞いています。
 さて、私と山田さんの最初の出会いがいつだったかは明確に覚えていないのですが、1996年に行われた衆議院議員総選挙のときに、私が選対の事務局長的役割で入ったころから本格的なお付き合いが始まったと記憶しています。
 この選挙は、小選挙区比例代表並立制度が導入された初めてのものでしたが、僅差で自民党候補に敗れました。当時、山田さんは新進党の公認後者でしたが、私(そのときは無所属の区議会議員)も大変悔しい思いでした。
 その3年後、杉並区長に初挑戦し当選、それ以降のことは皆さんが良くご存知の通りです。
 彼が初当選した年、私は区議会の副議長に就任しました。このとき、清掃業務が東京都清掃局から23区に移管されたことに伴うセレモニーがあり、二人で清掃事務所での式典に出席したことを昨日のように覚えています。
 また、2005年に杉並区教育委員会が新しい歴史教科書を採択する前、区長室に伺ったとき、それまで使っていた教科書を私に見せながら、いかに問題が多いかを熱く語っていました。その教科書にはたくさんの付箋が付けられていたことも印象的でした。一つひとつ問題点を検証をしていたのですね。
 また、プライベートなことですが、彼は“サザン・オールスターズ”の強烈なファンであり、カラオケでこのグループ以外の曲を歌っている姿を見たことがありませんでした。それから、個人的に車を運転しているときは、サザンの曲をボリュームを上げて聴いていると言っていました。
 杉並区長としての施策は数多くあり、特にレジ袋税制定、住民基本台帳ネットワークシステムへの接続拒否、区長多選自粛条例制定(私も区議として賛成しています)、杉並師範館創設などが代表的でしょうか。
 その他のことでは、私にとっても力強かったのですが、北朝鮮による日本人拉致問題解決に向けての取り組みです。先日の私のパーティー(写真)でも、「門脇さんはずっと以前から拉致バッチ(ブルーリボン)を着けて活動しており、とても頼もしく思う」と紹介してくれています。
 これから、本格的に創新党の責任者として全国を駆け巡るのでしょう。所属政党は異なるものの、ご活躍を祈念したします。

5月28日(金曜日)

山田宏さんのこと

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