1950年に中国(人民解放軍)は、独立国だったチベットに軍事侵攻し、チベット人の大量虐殺を行ないました。
 また、1956年から1959年まで、中国の厳しき占領政策に対して、チベット人の怒りが頂点に達して独立運動が起こりました。チベット動乱です。これらの弾圧で、百数十万人の生命が失われています。
 写真のダライ・ラマ14世など十数万人が、これ以降インドに亡命し、今日に至っているのはご承知の通りです。
 独立国だったチベットは政教一致国家であり、封建制社会でもありました。その意味からすれば、中国はチベットに“民主化”をもたらしたという人たちもいますが、現在までの大弾圧(文化大革命の紅衛兵による寺院破壊などもを含む)と漢民族の移住や、チベット人との結婚による事実上の“エスニック・クレンジング(民族浄化)”など、冷酷非道な方法で支配を続けています。
 北京五輪の聖火に対する欧州の妨害活動により、テレビや新聞で、中国によるチベット強制支配の実態が報道されていることは、隣国であるわが国と国民の皆さんにとって、ことの重大性を考える機会になりました。
 もちろん、私は聖火への妨害を肯定しているのではありませんが、長い間、共産主義の犠牲になってきたチベット人の苦しみを想えば、人権に敏感な英国やフランスの行動も理解できるのです。
 オリンピックはスポーツの祭典ですから、数ヵ月後の北京五輪は成功してもらいたいと思います。これに続くパラリンピックも同様です。
 しかし、だからこそ五輪を契機として、中国内の人権について真剣に考えなければなりません。けっして国内問題だから外国の介入は許さないというレベルのことではないのです。
 また、「中国を刺激すると、2016年東京オリンピック招致への影響が心配だ」という人たちがいますが、これは間違いでしょう。
 チベットに対する中国の圧制を見過ごしていれば、欧州からの日本に対する評価は急降下する可能性が大きいと思います。
 IOC(国際オリンピック委員会)の数多くのメンバーが、ヨーロッパから選出されていることを意識しなければなりません。
 石原知事は最近、チベット問題について沈黙しています。どうしたのでしょうか。この時期に発言しないで、いつものを言うのでしょうか。
 本当に東京五輪を実現しようとするならば、今大切なことは、中国の顔色をうかがうことではなく、毅然とした態度で臨むことが必要ではないでしょうか。
 最後に、日本国憲法前文の一部分を以下載せます。
 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

4月15日(火曜日)

チベットとオリンピック

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