☆お詫び☆  いつも「希望」をご覧いただき、ありがとうございます。4日間、更新ができなかったことをお詫びします。27日から29日まで3日間、中国の天津市に視察に行っていました。今まで更新ができない場合は、その理由を事前にお知らせしていましたが、土曜日の早朝に突然、ファイルが壊れてサーバーに接続不可能になってしまいました。また、一昨日は帰国時刻が遅かったので、修復ができませんでした。なお、視察内容などは整理して後日報告します。

 ボースのフルネームは、「スバス・チャンドラ・ボース」で、1897年にインドのオリッサ州でで生まれました。
 インドにおける英国からの独立運動では、非暴力主義のガンジーが有名ですが、ボースは急進派として活動しました。
 昭和18年に派、シンガポールで「インド国民軍」を組織し、日本軍のインパール作戦(これ自体は失敗)に参加、「自由インド仮政府首班」に就任しています。
 1945年終戦直後、台湾の松山飛行場(現在は国内線空港)で飛行機が墜落して死去しましたが、インドでは長い間、「彼は生きている」と信じられていたようです。
 インドの国会議事堂正面には、真ん中にボース、右側にはガンジー、左側にはネールの肖像画が掲げられているそうです。国民的・国家的英雄であることの象徴と思います。
 そして、その偉大な政治家の“遺骨”が、杉並区和田3丁目にある「蓮光寺(日蓮宗)」に眠っています。先日、ここに行ってきましたが、お寺の方の話ですと、遺骨は本堂に安置されているそうです。残念ながら、法事が営まれており、中に入ることはできませんでした。
 今でも命日である8月18日には、慰霊祭が開かれています。また、歴代のインド首相(ネール、ガンジー、パジパイ)もこのお寺を訪れています。
 なお、それだけの偉大な指導者の遺骨がインドに返還されないのは不思議ですが、インド国内の複雑な政治状況が、それを妨げているようです。最近、「遺骨は本物ではない」という報告書が提出され、日本の新聞にも報道されました。まだまだ、インド最大のミステリーは続くようです。
 さて、話は異なりますが、インドの世論調査で「一番好きな国は?一番信頼できる国は?一番行ってみたい国は?」のと質問に対する回答は、どれも日本だそうです。
 アジアの大国インド、これから友好的交流を更に深めていかなければならない大切な国であると、ボースの胸像を見ながら想いました。

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5月31日(水曜日) チャンドラ・ボース