☆☆お詫び☆☆ 昨日はパソコンの「電源」が再び故障し、夕方まで復旧できませんでした。ホームページの更新をすることができず、申し訳ありませんでした。

 少し前のことになりますが、今週の日曜日、中野サンプラザで「和田耕作先生の白寿を祝う会」が行なわれました。
 “白寿”というのは、“百”の漢字から上の横棒(一)をとると“白”になります。つまり、100マイナス1で99歳を迎えられたお祝いです。
 先生は明治40年に、土佐の高知でお生まれになられました。京都大学在学中は、マルキストボーイとして“活躍”、何回も投獄されました。大戦ではバターン作戦に参加、終戦から5年間、ソ連に抑留され重労働に従事。共産主義の実情を体験されています。
 その後、民主社会主義研究会議を創設、民社党の結成に参加されました。
 昭和42年の総選挙で、東京4区(当時:杉並、中野、渋谷)から立候補され、最高点で当選しました。以来、連続6期連続当選され、昭和58年に政界を引退されています。
 現在も大変にお元気で、当日もご立派に謝辞を話されていました。日本棋院6段で、趣味はボケ防止も兼ねて“パチンコ”をされており、ここしばらくは、勝ち続けていると言われていました。
 元気な“超高齢者”の姿を見ると、逆に私たちが励まされているようです。同時に、民主党の中に「民主社会主義」の思想を注入していかなければならない(もちろんフラクションではありません)と感じた、素晴らしい会合でした。

2月8日(水曜日)

和田先生白寿

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